ノワールムティエ、海と陸の間で生まれる美味

提供:ヴァンデ県観光局

ペイ・ド・ラ・ロワールサイクル・ツーリズム自然&アウトドア・アクティビティ美食とワイン海岸

Aurelien – Adobe Stock
© Aurelien – Adobe Stock

この記事は 0 分で読めます2025年2月7日に公開

天然塩に牡蠣、そしてじゃがいも…。大西洋に浮かぶ小さなこの島は滋味あふれる食材の宝庫です。手つかずの自然の中で育まれる美味しさの秘訣を探しに島に渡れば、その特異な風景の連続に驚かされるのでした。レ・サーブル・ドロンヌに続き、ヴァンデの地を旅したレポート第二弾です。

類稀なる食材を生み出す島

大西洋に面したフランス西部ヴァンデ県で、海側の観光地のひとつがノワールムティエ Noirmoutierだ。ヴァンデ県の大西洋岸を北上すると、最後に海に突き出た半島のような島がある。詳細な地図で見ると本土と島は僅か500メートルほどの距離で海で分かたれ、ノワールムティエ橋がその二つをつないでいることがわかる。

ノワールムティエと聞いて、その地をイメージできる人はどれくらいいるだろうか。おそらくその名を知るのは食通に違いない。なぜならこの島はジャガイモ、それも5月にしか出回らない極早生の「ボノット bonnotte」の産地だからだ。その他の品種も栽培しているが、メニューに「ノワールムティエ産」と出たら間違いない、それはただのジャガイモ料理で済まされる訳がなく、絶品であることが約束される。

「ノワールムティエ産」がもてはやされるものは他にもある。塩だ。既にゲランドの塩は日本でも多く流通するが、ノワールムティエ産の塩は隠れた名品である。それに加え、ヨードをたっぷり含んだ海に育まれた牡蛎や新鮮な魚介類…。料理人にとっては願ってもない食材の宝庫なのだ。

ノワールムティエで水揚げされる魚
© Alamoureux - ノワールムティエで水揚げされる魚
ノワールムティエ産ジャガイモ
© JS Evrard - ノワールムティエ産ジャガイモ
ノワールムティエ産牡蛎
© Office de Tourisme Ile de Noirmoutier - ©Vendée Expansion - ©Simon - ノワールムティエ産牡蛎

この島の名声をさらに高い次元まで高めたのが、2023年度ミシュランで唯一3つ星に昇格したアレクサンドル・クイヨンだ。夏は観光客で盛り上がるものの時期を過ぎればじつに静かなこの島で両親からレストランを継いだ彼は、季節営業の店を、まさにミシュラン3つ星の定義「そのために旅行する価値のある店」に生まれ変わらせた。島の持つポテンシャルを最大限に活かしつつ独創性に溢れた彼の料理を求め、いまや世界中の人がこの島を目指す。まさにクイヨンは、ノワールムティエが誇る食材と共に、島のアンバサダーなのだった。

類稀なる食材を生み出す島の風景をいつか見てみたいと思っていたが、2024年10月、思いがけずプレスツアーのアテンド役として島へ渡ることができた。

※ちなみに、Netflixのドキュメンタリーシリーズ『Chef’s Table』には、アレクサンドル・クイヨンを取り上げた回があり、ノワールムティエの美しい自然も存分に見ることができる。

モザイクの正体

島に渡る少し前から道の両側は低い緑の草地がそよぎ、その合間に水路が顔を出す牧歌的な風景が続く。外の景色と交互に見る手元のGoogle Mapでは、さっきからモザイクの上の地形の上を丸印になった車がずんずん進んでいる。ずっと低い土地が続くので、突如現れる給水塔に目を奪われた。近未来的な風貌をした塔のてっぺんまで登れば周囲の景色も一望できそうだな、島での水源確保はどうしているのだろうなどと考えるているうちに、あっという間に島へ続く橋を渡ってしまった。

いざ島に入ってからも平たい風景が続いた。島の南から北へと向かう県道の脇に畑、灌木、湿地帯を見送りながら、さほど時間もかからずに宿があるノワールムティエ・アン・リル(Noirmoutier en l’Ile)の町に到着した。

自転車がなくちゃ始まらない

島の様子を知るにはまず自転車に乗ってみることだ。現地ノワールムティエの観光局もそう心得ているのか、到着早々、私たちには人数分のレンタサイクルが用意されていた。そういえば観光客らしき人はまず間違いなく自転車に乗っている。

自転車で島を巡るには地図が欠かせない。そこで、これも観光局からもらった地図を縦に開いてみる。すると、この島はなんとも面白い形をしているのに気づく。すぐ思い浮かぶのはタツノオトシゴだ。頭でっかちな北部がまずあり、その下にぎゅっと細く絞られた首が島の真ん中にあたる。そこから南の先端となる尻尾までなだらかな弧が続く。しっぽの先が本土にひっついているようにも見えなくもない。

宿がある島北部のノワールムティエ・アン・リルの中心には商店やホテル、レストランが集まり市場も開かれる島の生活拠点だ。町の中心には城と教会もある。ここを中心に自転車を使えば、島のほとんどの観光スポットを訪ねることができる。幸いなことに、島の上から下まで自転車道が整っているので、地図上にもしっかりとそれが太い線で描かれ、自転車を利用した時の各スポット間の所要時間とレンタサイクル屋の一覧まで記されている。ちなみに島の頭から尻尾までの長さは約18キロ、横幅は一番狭い所で500メートル、広い所で12キロ、総面積は49平方メートルである。

絵葉書となる場所

宿を出発しまず目指したのは、ノワールムティエ・アン・リルの中心から東へ向かった、島の北東部の景勝地、ボワ・ド・ラ・シェーズ(Bois de la Chaise)だ。

松や樫の木々の色濃い街区に別荘が建ち並ぶエリアで、そこを抜けると目の前に明るいビーチが開けた。訪問したのは10月下旬であったが、穏やかな浜辺を散歩する人は結構いるものだ。白いキャビンが建ち並ぶ様に歴史を感じる。まさに島の顔ともいえるビーチで、絵葉書にするならまずこの景色が選ばれそうだ。

ノワールムティエでの海水浴文化と観光の発展は、このボワ・ド・ラ・シェーズから始まったという。19世紀前半にノルマンディーで興隆した海水浴ブームが大西洋のこの島まで伝播したのは同世紀後半のことで、女性の海水浴客が他者の視線に晒されず水着に着替えるために作られた白いキャビンも残されている。ビーチの名前「プラージュ・デ・ダム(貴婦人の海岸)」からも、当時の海水浴ブームがとくにブルジョワ階級の女性で人気であったことがわかる。島一番の風光明媚なビーチという位置づけだが、周辺は小さな入り江が続き視界が閉じたり開けたりするので、隠れ家的なビーチを求めて、散策や自転車で島内を巡ってみるのも良いだろう。

ボワ・ド・ラ・シェーズのビーチ
© Quentin Boulegon - ボワ・ド・ラ・シェーズのビーチ

塩職人を訪ねる

ノワールムティエ島で1/3の面積を占める塩性の湿地帯はノワールムティエ・アン・リルの町を出て北へ向かえばすぐに現れる。湿地帯の中を走る細かい水路が地図の上で細かいモザイクを示すエリアだ。車道から守られた自転車道をのんびり進むと一軒の小屋があり、そこが家族経営で製塩を営む「マレ・ド・ボンヌ・ポーニュ Marais de Bonne Pogne」だ。塩田というと白い三角の山が連なる風景を想像したが、塩の採取時期を過ぎた10月末にそれはなく、静かに水を湛えた四角のパッチワークがいくつも周囲に広がっていた。小屋を目指しひっきりなしに人がやってくるのを見て、そこが島内でもとびきり人気の製塩家の直売所だとわかる。

看板息子のディランが語ってくれるのは、両親が1990年代からこの地で製塩を始めたというファミリーヒストリーから始まり、お天道様の気分次第で収穫が左右されること、フルール・ド・セル(塩の結晶)の採取方法、料理ごとの上手い塩の使い方など、一時間を過ぎても話が尽きない。フルール・ド・セルや粗塩のほか、スパイス配合済みのものなど多種類の塩を販売している。

家族が塩作りを始めた頃を説明するディラン
© Atout France - 家族が塩作りを始めた頃を説明するディラン
塩田の中にある直売所
© Atout France - 塩田の中にある直売所

牡蛎養殖所が営むオイスターバー

湿地帯をさらに北へ進むと、島が細くくびれる位置にあるラ・ゲリニエール La Guérinière というコミューンに出る。この辺りは「牡蛎養殖所」の看板がポツポツと見え始めてくるのだが、その中でも旅行者が気軽に立ち寄れるのが、2024年にオイスターバーをオープンさせた「レ・ブックラール・レ・プティ・バセ Le Bouclard – Les Petits Bassets.」だ。湿地帯の真ん中に建てられた風通しの良いテラスで、こちらのご自慢の牡蛎がリーズナブルな価格で食べられる。試食の前後で、養殖所の見学もさせてもらえる。

オイスターバーは2024年にオープンしたばかり
© Atout France - オイスターバーは2024年にオープンしたばかり

海に沈む道

ノワールムティエに来たなら絶対見ておきたいのが、本土と島をつなぐ海中道路「パッサージュ・デュ・ゴワPassage du Gois」だ。干潮時には渡れるが、満潮に近づくにつれ海の下に沈んでしまうという伝説の道。道が徐々に海に浸食される過程を見せようと、ノワールムティエ観光局のオルタンスが私たちを島北部のバルバートル Barbâtreの町まで連れていってくれた。ここから全長4.2キロの道路が本土まで続いている。

晴天時のパッサージュ・デュ・ゴワ
© FDSF - 晴天時のパッサージュ・デュ・ゴワ

現場に着いたのは干潮時刻の午前8時5分から2時間ほど過ぎた頃。靄がかかる日で、空と海の境が曖昧な墨絵のような景色の真ん中をコンクリートの道が前方へ伸びていた。避難用に建てられた柱のシルエットが前方にぼんやりと浮かんでいたが、100メートル先はもう靄の中に飲み込まれ、この先に道があるのかもわからない。柱と柱の間を一本分は歩いただろうか。そのうちにも左右の海水がどんどんこちらに近づいてくる。先ほどまで遠くに見えた潮干狩りの人も、気付けば近くで声が聞こえるようになっている。そのうち所々、道路の左端からじわじわと水が染みだす場所が出はじめ、靴の先がそれを面白がって避けるようになる。そんな遊びに夢中になっていると、引き際を逃してしまうので要注意だ。道路の島側の先端をほんの少し歩いただけだが、これを4.2キロ無事に渡りきるには、なかなかの用心深さが必要なのではないだろうか。

 

パッサージュ・デュ・ゴワ(10月28日撮影)
© Atout France - パッサージュ・デュ・ゴワ(10月28日撮影)
海水の上がる速さを説明するオルタンス
© Atout France - 海水の上がる速さを説明するオルタンス

パッサージュ・デュ・ゴワを渡るタイミングを計るために役立つのが、毎日の干潮時刻と潮汐係数を記したノワールムティエの観光局が配布するカードだ。もちろん、観光局のサイトでも同じ情報が見られる。干潮時刻の前後30分から1時間半の間がパッサージュ・デュ・ゴワが渡れる時間というが、干満差が小さい時は道が現われる時間が短くなるので、潮汐係数のチェックも欠かせない。

Atout France
© Atout France
ノワールムティエ観光局で配布している干潮時刻表
© Atout France - ノワールムティエ観光局で配布している干潮時刻表

アニエス・ヴァルダの風車

島には幻想的な風景がまだある。島の中央部ラ・ゲリニエール La Guérinière の集落は島西側の海岸線に沿って古い風車が並んでいる。平地で風の影響を受けやすいこの島は風車が多く、19世紀の最盛期には島内に32基も存在していたそうだ。今その役目を終えても、ラ・ゲリニエールでは幾つかの風車が残され、海辺に向かってその姿を見せている。

アニエス・ヴァルダが好んだラ・ゲリニエールの海岸
© Atout France - アニエス・ヴァルダが好んだラ・ゲリニエールの海岸
ラ・ゲリニエールの風車
© Trendz - ラ・ゲリニエールの風車

じつは映画人アニエス・ヴァルダがそのうちのひとつを購入し、今も家族が管理する風車がある。周りの風車が羽根を落としてしまった中でも、その風車は辛うじてまだ十字を残し往時の姿を偲ばせる。海岸沿いを散歩しながら何度か陸の方を振り返り、小さくなる風車を見送った。

フランスのバカンス客なら、通常この島に一週間単位で滞在をするのだろう。今回筆者は島に二泊しただけに過ぎないが、印象的な風景がいくつも心に残った。そのいずれもが、類稀なる食材を生み出す秘訣になっている。帰りの車から見えた塩田や牡蛎棚、畑の中の看板に書かれた三文字「PDT(じゃがいも (pomme de terre)の略」を見ながら、また戻ってこようと思った。できるならボノットの季節に。


― 協力 ―

ヴァンデ県観光局

ノワールムティエ観光局

by Mayumi MASUDA フランス観光開発機構 広報担当

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